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悪臭を放つ決算書 〜規制しなければ決算情報は腐るという話〜

会計基準を無視した経営指標

ある製薬会社が決算発表に用いる「Core営業利益」というものがある。いわゆる会計基準外指標(Non-GAAP measures)である。

その会社の有価証券報告書決算短信に「Core営業利益」なるものの説明が書いてある。

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*某製薬会社の2020年3月期・有価証券報告書より抜粋(以下同じ)。

 

「本業に起因しない(ノン・コア)事象による影響を調整」とあるが、償却費も減損損失金利費用も買収関連費用も手当たり次第に除外して計算されたもの、要するに会計基準を無視して計算された指標ということである。

これをもって経営者は、実質的な利益とのたまっている様子。

 

・誤解する一般投資家

有価証券報告書に載っているので会計に詳しくない一般投資家は、監査法人が監査しているのだから信用できるんでしょ?と誤解する。

ところで、「Core営業利益」などという概念は会計基準にはない。

この会社は、国際会計基準IFRS)を適用しているのだが、有価証券報告書には「国際会計基準に準拠したものではありません」と明記してあるので、こういうところまで読み込めていない一般投資家が誤解しても、誤解する方が悪いというつくりである。

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会計基準は無視していますと。

 

・大幅減益の一方で社長へは巨額の役員報酬

この会社の経営者は、実質的成長を重視するのだという。損益計算書にあらわれる会計数値は、実質とは異なるのだと言外に主張しているようにも読める。

この会社、直近の決算では、会計基準に即した純利益は大幅減益で、税前利益はマイナス(損失)に陥った。

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*株主が気の毒。

 

その一方で、社長に対する報酬総額は20億円超である。

価値を生み出す経営者であれば相応の報酬を受け取るのは当然と思っているが、この会社の報酬委員会はなにをもってこの社長の貢献と評価したのかわからない。単に気前が良いのか。

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*1億円以上の役員報酬は個人別に開示される。

 

・何をもって実質的成長というのか 

業績評価には、「実質的な成長」概念なるものを用いるのだそうだ。

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*大幅減益でも業績評価は別の話らしい。

 

・どんなに高値づかみの買収をしようがこの会社の「実質」は成長すると主張

社長を含む役員の業績評価も、この「実質的な成長」とやらで行われているように読める。

この会社の「実質的な成長」を支えているのが前述の、会計基準を無視して独自につくり上げた概念「Core営業利益」である。

要するに、買収を行いさえすれば、どんなにばかげた高値づかみの買収をやろうとも「成長」するのが「Core営業利益」である。償却費も減損損失金利費用も買収に絡む諸費用もすべて除外して計算されるのだから。

 

・クローバック条項導入とはいうものの

ところでこの会社の経営者、身の丈に合わぬ巨額の買収を懸念する株主に押されてクローバック条項 (*1) を導入したと聞いた。

しかし、有価証券報告書を読むに、「重大な修正再表示」(会計処理の誤り)や「重大な不正行為」に限定しているらしき点、気になる。仮に超巨額の買収が失敗に終わって、巨額の減損損失(=買収の失敗)という結果になったとしても、修正再表示や不正行為に該当するのでなければ報酬を返還する義務ははないという風にも読める。

(*1) クローバック条項:経営判断の誤りなどによって会社に損失を与えた場合、経営者への報酬を取り戻す趣旨の取り決め

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*超巨額買収が失敗(巨額の減損損失)に終わった場合はどうするのか?会計処理は誤っていない、不正行為もないというのなら、経営者はその報酬返還の義務を負わないという理解でOK?

 

ちなみにこの会社の経営者は、株主からクローバック条項の導入を強く求められた際、そんなものを導入したら経営陣が過度に保守的になってしまってむしろ害になると反論していた。 何をいっているのかわからない、というのが率直な感想である。

 

・あれもこれも「ノン・コア」だから

買収の結果(最悪、巨額の減損損失)にも、巨額買収の結果生じた巨額の償却費も、巨額の買収関連費用も、買収資金調達のために生じた巨額の借入費用も、それらは「ノン・コア」だから(どういう理屈か)と経営者の責任ではないと読める(こう読む以外にどう読めば良いのか、読み方があるのなら教えていただきたい)。

 

・まとめ

私自身、これまで数百の決算書を見てきたが、悪臭のただよう決算書があるということをこの歳になって初めて知った。

批判めいたことは書きたくないのだが、こういう有害な情報開示を規制しなければという気運の高まる兆しがまったくないので、Webの片隅にだが書いておく。

 

・追記(金融庁への提言)

こういうNon-GAAP measures(会計基準を無視して公表する独自の経営指標)について、米国では規制の動きがある。一般投資家を惑わせかねないのだから当然である。

日本では金融庁が動いてくれるだろうと期待しているのだが、その動きはまだない。日本の資本市場が腐臭にまみれぬように、早期の規制導入を強く望むものである。

個人的には、会計基準から外れた指標を有価証券報告書に(もちろん決算短信にも)記載する場合には、そのすべてに【基準外】という文言を付すことを強制するくらいでちょうど良いと思っている。